2009年11月 5日 (木)

ステロイド以前ステロイド以後

昨日、風邪をおして入力したつもりがアップされていませんでした…
だからもうそのネタは説明なし。やっぱりファイルメーカーに入力してからコピーするのを復活させようかな…どうせ自分メモなんだし…いいかげんなことばっかり書いてる自分にいやになってきてるし。風邪とか引いて体調悪いと途端に後ろ向きになってしまいます。あ〜また空白の一日か…と思って入力くらいするか、と思ったのに、消えちゃうし。
夕べの入力は記念すべき新しいマック移行第1発でしたのに。新しいマックには新しいキーボード…小さくて隣のキーばかり押してしまいます。テンキーがついてないので数字で入れてるのがつらいです。
空白の一日…一年に何日かあるよな…五日としても20年で百日。生理痛は一種の偏頭痛でもあるらしいけど、1ヶ月に二日重い日があるとして年24日。20年で480日。合わせて580日。多分その倍はあるよね…一千日の苦しみ。今からあの日々が一千日続くと言われたら、部屋を片づけて人生にバイバイするだろうな。それとも一千日我慢するだろうか?…いや、あり得ない。二日でも死にたかったから、五日が限度だと思う。あれは痛みのつらさもかなりのものだけど(頭をかち割って二針縫って麻酔が切れた後よりも骨折よりも生理痛の方が苦しい)、それ以上に偏頭痛状態が苦しいのだ。つまり神経性のものなのである。だから痛みが去れば鬱症状も消える。漢方薬で生理痛とおさらば出来た前と後で、漢方以前漢方以後、と私の中では区分けされてるが、近年それにステロイド以前ステロイド以後、とうものが出来た。
もともと風邪を引きやすい体質だったので、喘息の診断以前は、自分なりに見極めも対処法もある程度確立していたのに、ステロイドの服用以後は、風邪を引いても全然わからない。第一、当たり前だが喉が痛くならないし、リンパも腫れないし、熱も出ない。咳もなんとなく空咳。でも、頭痛と筋肉痛とめまいと腹痛はある。以前はわかった「今、どのあたり」という感覚が、今は風邪を引いてもよくわからない。だいたい風邪なのかどうかもどことなく不明。もちろん以前は風邪の後もずっと喉痛や咳を引きずったので今の方がずっとましなのだが、もう以前のやり方が通用しないことに困惑している。あと数年したら慣れるのかな?

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2009年10月12日 (月)

秋明菊「舞姫」チャイナローズのルイ・フィリップほか

秋明菊「舞姫」チャイナローズのルイ・フィリップほか10月の花。
まずは「舞姫」。昨年の夏に川口に行った時に買った苗が、今年初めて咲いた。5号鉢で草丈60センチくらいあるが、これでも秋明菊としては小さな品種。花びらの形状に偏りがあるのは、この品種の特徴のようだ。すでに散ってしまった。


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ホテイ草は、台風が来た日に咲いてた。今年はこんなのが5-6回咲いた。ある日突然咲いて一日で散る。サプライズな花だ。

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そして秋の象徴、ホトトギス。今年もまたこいつの季節がやってきた…と。「青龍」です。ホトトギスは2年で植え替えしなくちゃいけないらしい。でも、去年してない。今年はやらなくちゃな…そのせいかどうか、今年のホトトギスは花付きが悪いし、花も小さい。地植えもそうだから気候のせいかな。

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スノウシャワーは匍匐(ほふく)性のあるミニバラ。この冬の植え替えでハンギングにしてみようかと思ってる。SNOWとついてるだけあって、花色が本当に白い。丈夫だけどけっこう気難しくてなかなかうまく咲いてくれないバラです。だから写真もほとんどない。

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金木犀。春にずいぶん切り詰めたから、咲かないかと思ったけどけっこう咲いた。この冬、撤去しようかと思ったんだけど、しずらくなる……でもこれ以上放置したら扱いが大変に……

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スィートチャリオット。ミニバラ。以前にも載せてるけど、その時はもっと赤紫色をしていた。秋は花が小さくて色も薄いようだ。何度も咲く愛いヤツですね。

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チャイナローズのルイ・フィリップ。これもわりと丈夫で扱いやすい。安定してる感じ。たくさんは咲かないけど、ちびちびと何度も咲く。花は6-8センチくらいで小さめだし、切り花は持たないし、でも色味が目を引くので、数輪でもそれなりに華やぐ。

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勝手に生えてるホトトギス……

あ、藤袴を忘れてるな… あとは、ミニバラのレンゲと、ニューヨークと、緑光と、マザーズディとステラグレイと…一輪、二輪だけど、ちびちび咲いてます。

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2009年10月10日 (土)

「1984」を聞いている

今、「1984」を聞いている。とうとうCDを手に入れたので。…ってずいぶん経つけどさ…
最近流行りの「1Q84」ではないよ(笑)元YESの(再生YESでなくオリジナルのYESね)ピアニスト、リック・ウェイクマンが1984年ごろに出したコンセプトアルバムさ。もちろんジョージ・オーウェルの小説「1984」を下敷きにしたもの。1984年当時、オーウェルの想像した世界と現実の1984年とについての言論をあちこちで見たものだ。そういう流れでの作品ですね。
ちゃんとLPレコードで持ってるんだけどCDが欲しかったのに、これだけは手に入れるのが難しくて…しつこく待ってれば出るもんだね。もちろん輸入盤ですが。もともと当時でさえリック・ウェイクマンのアルバムは、輸入盤が多かったからね…日本で出るなんて期待は全くしてませんです。
チャカ・カーンの歌う「THE HYMN」は、やっぱりいいわ。
♪ナーイティーーーンッエーイティフォ〜〜〜〜〜〜〜ッッ↑↑♪
普段ほとんど上げたことのないボリュームを思わず上げた(笑)いわゆるプログレッシブロックだよね。ロックとクラシックの融合。いかにも私の好きそうなジャンルだ。実際好きなわけだけど。まあ、このアルバムはリック・ウェイクマンのピアノというクラシックテイストも入ってるけど、当時っぽいテクノポップ(?私には音楽のそういう括りはわかりません。基本的には聞くだけの人なので)のりの明るいトーンもあって、その辺は昔はあまり好きでなかったんだけど、今聞くと妙な懐かしさがあったりする。リック・ウェイクマン本人は、このアルバムが好きでないようだ。どの辺が気に入らないのかなぁ…アルバムの内容というよりも私生活が良い時期でなかったということらしいけど…
80年代といえば。こないだBSで録画してあった「FAME(フェーム)」を見たんだよね。これもそろそろ名画の域かな。なんていうか、次世代に勧めたい映画30本なんて括りで選んだら、私的には入っちゃうかな〜…と。あとね、80年代当時には、海の向こうの出来事だったエピソードが、今見ると他人事じゃないのよ…だから昔見たわという方は、今再見すると違った感慨があると思う。本当にこの国はアメリカの後追いをしてる…が、しかし、あちらの高校生の大人っぷりにはなかなか追いつけないのであった(苦笑)どころか、ほとんど退行しているのであった…
それにしても、他山の石という言葉を知ってても、現実には、「こんなこと起きるのはアメリカだからで、日本では起きないわ〜」なんて能天気なことを思ってるうちに、幼児暴行も貧困もDVも薬物摂取も普通な国になってしまった。こんなことで、20数年ぶりに再見した青春映画を身近に感じたくなかったなぁ…どうせならあの教育内容を身近に感じたかった。
そして主要登場人物の一人(女優の母を持つゲイの少年)が私の好きな「ER」のロケット・ロマノだった…ロマノは出てきた時からどっかで見てると思ったけど、ここでしたか…若い時は可愛かった…将来あんな強面な役をやるようになるとは、誰が思ったでありましょう…
「ER XlV」がBS2で始まった。2007年だそうだ。しょっぱなから相変わらずジェットコースター。あっと思ったら終わってた。ふ〜。「Dr. HOUSE」も4で終わる。ネタが続かなかったんだな。「ボストンリーガル4」が始まる。

70年代ブームの次は80年代らしい。その次は90年代?つまり30-40年スパンで歴史は繰り返されるということか…つまり世代ごとに反復されるってわけだ。螺旋展開。
とはいえ、そんなものは、目垢がついたとかついてないとか、そういうレベルの話なんである。結局は。年々デザインという言葉が胡散臭く思えてくるワタクシであります。
折しもヨウジヤマモトが再生法申請… 
数年前に「クローズアップ現代」かなにかで今のファッション衣料メーカーは、逐一ショップからのフィードバックの統計処理で動いてるんだ、てなのを見たが、つまり、ファッションは今やデザイナーが作るというよりも、消費者動向によって作られる、と。やだね、とも思うが、当然、とも思う。
新国のTOKYO RINGの再演の予約が始まってる。どうしようかねぇ…年内は「ヴォツェック」一本。これは80分一幕で終わると言うので予約した。腰痛以来、当分オペラ自粛しようと思ってるんだが、本も買わないと言ったそばから買ってるし。有言不実行。です。

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2009年10月 6日 (火)

いつになったら

新しいマックを買ったのに全然使えてない。大体、置く場所が無い。デスクを買おうと思っていたけど、椅子生活は腰に悪そうなので、去年はとうとう使わなかったこたつを出そうかと思って、部屋を片づけだしたら、まるで庭木の剪定のように片端から処分したくなっている。結局、いちばん処分しやすいのは単行本なのだ。そういうわけで、何年か手に取ってないような単行本は、全部処分しようと思ってる。
そう決めた理由の一つは、インターネット。以前は、在庫切れの本を再び手にするのが難しかったけど、今はamazonのマーケットプレイスや、その他の中古市場を探せば、私が買う本、読む本くらいは簡単に見つかる環境になった。図書館に置いてるかどうかもすぐ検索出来るしね。べつに一生懸命、自宅に保存する必要もないな、と考えを変えたのです。そういうことなら少ない本ほど市場に置いた方がいいわけだし。
そして私の本棚は、ますます漫画とカタログばっかりになってしまうのでありましょう……
と、本はそういうことで、次はビデオ。これも見たら処分。…と、会社では思ってたけど…
帰って「毎日一本ずつ見れば、1年以内にはなくなるはず…」と手に取ってタイトル見たら、小津特集……元に戻して、次を取ったら成瀬特集……次は時代劇特集で三船の柳生武芸帳シリーズ……また戻して、次は…タン・ドゥンのオペラ……アーノンクールの「ウリッセの帰還」…チューリヒの「後宮からの逃走」…ベルリンの「コジ・ファン・トッテ」…雷蔵の「ある殺し屋」…「天井桟敷の人々」「美女ありき」「切られ与三郎」また小津特集、これも小津特集……あ〜〜〜!!!もうっっ!無理、無理です。こっちは諦めました。やっぱりしゅくしゅくとデジタルに移します。。。

いつになったらこたつを置けるスペースが出来るのかな〜〜??

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2009年10月 1日 (木)

Mac mini復旧の続き。と、訂正

Mac mini復旧の続き。と、訂正。繋ぎ直してよく見たら、ちゃんと復旧コピーきちんとされてました。ちゃんと生きてます(笑)不可視でなく読めます。すぐには、読めなかったんだけどね…
今、マックでは初期化って呼ばないんですね。消去してフォーマットしてOSをインストール。さらにネットの設定後、OSのバージョンアップ。プリンターのドライバをダウンロードしてインストールして設定。マウスの(以下同文)。EGWord pureをインストールしてEGBridge universalをインストールしてpureをバージョンアップして…と、いうところで、何故かまたカタログBツリーの異常。
で、また1からやり直し。は〜。古いバージョンのインストーラーがいけなかったのかな〜…
でもまあ、三年ぶりくらいにいろいろいじって忘れてたことを思い出したり、たまにはやっておくべきかもな。
新しいマウスは、とても高性能です。まだあんまり慣れてないけど。しかし、HDが壊れてインストールDVDから起動すると、ドライバソフトを入れて動かしてるマウスは、読まないんだよね…純正マウスは要らないわ、と思ってたけど、こういう時のために取っておかなくちゃダメですね。

それにしても起動ディスク、インストールしないで終わらせると、出てこない……逝かれた瞬間にも出てこなくてど〜しようかと思ったけど…それが1番厄介だったりする。ちなみに出すにはマウスを押しながら(再)起動、です。

事務所で使ってるMac miniはHDが40GB。40GBじゃ、今やあっという間に一杯になってしまいます。OSで10GB、アプリがまた10GB…つまり10GB分くらいしか使えるスペースが無い。でも、最近じゃデジカメの写真1枚が500-800万画素!SDカードは1GBくらいが標準だもんね。すぐ一杯になっちゃうよ。さらにビデオに音楽……三年前は、そんなふうに思わなかったのにな…何気にまだまだスゴイ勢いで突っ走ってるね…この世界。SDカードとか、512MBが5000円くらいしてたのが、こないだ2GBで数百円ってのを見たんだけど…見間違い? 容量がこのまま増えてゆけば10-20GBあたりでSDやUSBメモリ的なメディアに情報入れて、そこから各の個人環境を立ち上げて使うようになるよね…それが、すいっとiPodや携帯とかに格納出来れば、もっと面白いかな? セキュリティ考えたらそこまでいかないほうがいいか…

ここまできたら、いっそ、アプリケーションもダウンロードが標準になれば、もっと安く出来るのでは? CDでインストールした後、さらにネットで最新バージョンをダウンロードして使ってるのが、バカバカしいような気がする。パッケージやマニュアルも作るの手間だろうし、販売店に陳列しておくスペースや利益分が余計な気がする。単体が安くなれば、もっと買うと思うんだけどな。
そういうわけで、A&Aさん、VectorWorksの2D基本部分だけを単体でダウンロード販売して欲しい。値段は10000-12000円くらいを希望。本当に基本だけでいいのだ。あとはオプションで別売りすればいい。そうしたら速攻買いますよ。そういう人、たくさんいると思うなぁ…

エディタソフトのJ-editは、ダウンロードで購入してバージョンアップしながら使ってる。値段も安いし余計な手間がかからないので、とても有り難い。バージョンアップの案内が封書で来ても、開封するのも読むのも申し込むのも面倒くさくてついほったらかしてしまう私が、律義に更新してるのは、ひとえに安さ(2-3000円くらい)と便利さゆえですね。
大体さ、アプリケーションの大仰な箱って邪魔臭くていつもすぐ切り刻んでしまうし、マニュアルなんて結局ほとんど見ないもん。それこそ本当にもったいないよ。PDFで充分。

あ、そうだ! 「アボンリーへの道」がとうとうDVDになったのだ!嬉しい! が、しかし、…なんでこんなに重なるんだろ…来月の請求書が怖い…。。。。

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2009年9月29日 (火)

Macmini復旧(DetaRescue2)その他

えーと。何から行こうかな。
前のブログ「ベーシック・インカムという考え方」に入ったコメントで紹介されているサイトは、「ベーシック・インカム実現を探る会」。まだコンテンツを拝見しただけだが、いろんな活動をされているようです。
(何度も書いてますが)なにしろこのブログは自分のための記憶保管庫、ぼやきや言いっぱなしの与太話ばかりで、あまり相互コミュニケーションに役立つようなものではないのですが、たまたま通りすがりに交錯した方が示してくれたものは、有り難く受け取っておきます。…エロ以外ね。や、エロだっていいんですけどね、エロは嫌いじゃないけど、得体のしれない風俗産業の広告場にされるのは腹が立つ。
え〜と。次。は、壊れたMacminiのその後。連休前に壊れて、すぐデータ復旧ソフトは調べたんですが、DetaRescuellにはデモ版があってファイル一個だけは復旧できるというんで、それでいいや〜と思ってたら早々にバックアップ洩れがあることが判明しまして…買いましたよ、金曜日の夜、アマゾンで。翌日届いたわ。で、今日、データ復旧しました。
手順は、まず外付けHDに取ってあったバックアップを一応別のものにコピーを取って、インストールDVDを起動させて外付けHDにOSをインストール。次に外付けHDから起動してDetaRescuellのDVDを入れてアプリを立ち上げ、指示に従って復旧。復旧データは、外付けHDに保存しました。外付けに空き容量がたくさんあって良かった……ギリギリかも…と思ったけど、結局、全部でなく一部の復旧にしたので充分足りました。
カタログBツリーの異常ってのは、ソフト的な混乱のはずだから、わりと簡単に行くだろうと予測はあったんだけど、実際上手くいったんだけど……復旧したファイルを保存する形式が…ツリー構造の上の方からコピー保存されると、コピーされてるようなんだけど、中に入ったファイルが読めなくて(不可視ファイルになってるみたい)…結局、何度か試して必要最小限のファイルを少量ずつ復旧しました。ファイルにチェックを入れて選んで復旧するより、ドラッグしたほうがいいみたい。それと、新しくインストールしたOS管理下の「書類」フォルダに保存したほうがいいようです。HDにドラッグすると階層がおかしくなります。
全部を確認したわけじゃないけど、大方大丈夫そうだし、明日は、初期化します。
DetaRescuellはお薦めです。肝は、ちゃんと説明書を熟読しながらやることです。Mac版しかないからごく一部の人にしか意味ないだろうけど。

それと、今日は、マウスを買いました。新しいマックには今使ってるエレコムのマウスは使えないのです。今日は一日マウスを付け替え付け替えして過ごしました。でも、マックのマウスは、私はダメ。大き過ぎるし、ぺかぺかの質感が汗っぽくなって気持ち悪いし。でも、今まで使ってたマウスも、最近は指が痛くて……カイロでも言われたけど、首がいかれてるのは、指からもいってる気がして…もう人さし指がじんじんするの…。。。小さくてよく動いて気に入ってるマウスだけど、手の平全体で使うタイプの大きなマウスを買いました。ロジクールのお高い(ビックカメラで9700円位した!)ワイヤレスタイプ。ワイヤレスも嫌いだったけど…↓これだね。
ロジクール マウス MX Revolution

まだ使ってないからなんとも言えないけど…Appleのマウスよりはマシでしょう。

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2009年9月23日 (水)

ベーシック・インカム(基本所得)という考え方

え〜と。ずっと書かなきゃと思って書いてないけど、今、思い出したので書いておく。
今号(127号)のビッグイシューに「ベーシック・インカム」についての記事が出ていた。興味のある方は購入してみて下さい。モノクロのSuperflyの表紙です。

ベーシック・インカム、直訳すれば基本収入か? 基本所得、と訳されます。経済用語としては、「全ての人に無条件で国が一定の所得を補償するという社会保障制度」を指します。ビッグイシューの記事で紹介されていた山森亮さんの著書は光文社新書で「ベーシック・インカム入門 無条件給付の基本所得を考える」(amazonにリンク張っときます。目次が出てるんで参考になるかも)

私は自分が社会保険労務士の試験勉強をした時に「あ〜こりゃ早晩、年金制度は潰れるな〜」と思ったが、潰れるのは仕方ないとして、ではどういった社会保障なら続くのか?と考えると代替案が浮かばなかった。この記事を読んで、あ、これはイケルんじゃないか、と直感的に思ったのでメモしておく。これの面白いところは、無条件、というところなのだ。無条件に例えば大人なら10万円、子供には7万円を支給する。そうなれば年金も生活保護も母子家庭やその他のどうのこうのも関係なくなる。各種保険も無くせるだろう。多分DVや児童虐待も減る。人生の選択肢も増える。例えば私の空気の綺麗な田舎に住みたいという夢もかなうかもしれない。基本収入があれば、あとはそこそこの収入があればいいと思う人だってたくさんいると思う。例えば私がそうだ。田舎に田畑がある人は、帰って百姓をやるというのも選択だろう。家族4人で暮らせば、基本収入は34万円だ。住むところが確保されていて食べるものが自給出来れば、かなり楽に暮らせるのではないか?もちろん大金持ちになりたければがんばればいい。そのためにリスク覚悟でチャレンジしてスッカラカンになっても10万円は残るわけだし。いろんな意味で、これいいじゃん!と思ったんで、紹介しておきます。

ベーシック・インカムを支持します」というブログがあったので、それにもリンク張っときます。

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「差別と日本人」…日本人であることが恥ずかしい時

日本人であることが恥ずかしい時と、日本人であることが誇らしい時と、どちらのほうが多いですか?私は、7:3くらいで前者が多いように思います。と、いうことを今さらながら思ったのは、辛淑玉と野中広務(当たり前だけど敬称略…シンさんは、随分以前に東京新聞でコラムを書いていて、以来彼女が私の視界に入ってきた時には目をやるようにしているので、どうもシンさんと書いてしまうのであった…しかし、野中氏は氏とは呼べてもさんではないよな。というわけで両者共敬称略)の対談本「差別と日本人」を読了したからなのだった。
新聞で書評を見てすぐ注文したのだけど読み易さに拾い読みしてほおってしまい、最近になって頭から再読、さっき読了…対談の最後のくだりで図らずも私は嗚咽してしまった。日本人であることの罪、というのが、ある、と思った。
1,2年前「被差別部落の青春」角岡伸彦著やという本を読んだのがこの方面の本の最後だったので、もう部落差別というものは以前のような厳しさで存在するものではないのだ、差別は今や逆差別として存在するもので、過去のものになりつつあるのだ、とある意味ほっとしていたのだが、そんなのは差別というものの恐ろしさを知らない私の甘チャンな認識だったのだと思い知らされた。考えてみれば「被差別部落の青春」の中でさえ、差別に慣らされ飴をしゃぶらされて無抵抗になっている、というだけではないのか? 柳に風、といえども風は吹いている。いつもいつも。
辛淑玉や野中広務のように最前線へ赴けば、そこに待っているのは、やはり過酷な現実だろう。ここで、差別ということに対して「何故」とは問わない。答えはこの本の中に書かれている。苦々しいがその簡潔で短い文章の通りだと思う。
日本の歴史を概観すると、施政者が貧者の側に立つものを弾圧してきた歴史であることがわかる。何故か。貧者に力を与えない、個別化し、孤立化させておくこと。それが、この国の統治システムだからだ。その思想(何故か三度も死相と出たよ…)は、まるで共生体のようにこの国に浸透していて、どんな麗しいアイディアもいつのまにかこの思想のもとに取り込まれ運営されてゆく…それは空恐ろしいばかりである。例えばハンセン氏病の隔離政策なども発端は外来のキリスト教信者による救済施設から始まってると知った時の軽いめまい感覚…何故、弱者救済のカタチが、日本において根付く時あのような非人道的なものに変容されてしまうのか…それはやはり「日本」だからだ、としか言い様の無いものだと思えるのだ。多くの人がその思想の根本を「けがれ」思想と見ている。それが正しいかどうか私に言う言葉はないが、こう呼んで分かったような気になって、差別が放置されることは恐ろしい。
昨日TVで観た「おくりびと」の納棺士なども、意味も説明もなくただただ周囲から忌避される。その、意味も説明もなく、ということが恐ろしい。私は昨日この映画を見るまで、そうしたことが主題であることを知らなかったので、観ていて、逆に「あれ?」と少しびっくりしたのだ。この中でも死に携わる(生死に、ではなく)納棺という仕事を辞めるように諭すシーンが繰り返される。まさしくケガレ思想なのであるが、それを直接的説明的に言葉にする場面はなかったように思う。婉曲に辞めるのが当然である、それが常識である、という態度を周囲は貫くのだ。辞めない主人公の方がオカシイと言わんばかりである。その「共通認識」性が妙に滑稽でもあり、差別の恐ろしさでもある。そして最終的に周囲のケガレ思想を覆すのは、私の見るところ、「儀式」と「美」である。その有意義性のほうが、ケガレを上回った時、ケガレの効力は減殺される。「ART」の本来的な力というのは、そういうことなのではないか。「美」は圧倒的な力でもって文字通り汚れを祓い、その上に君臨する。
「おくりびと」自体の主題がこれであるとは言わない。主旋律は別だと思う。思うが、これもまた低く鳴り響く通低音ではあったと思う。良い映画でした。音楽のせいでジブリっぽい感じもしたけど、「うなぎ」なんかに近いテイストだったかな。それにしても89冠ということは、死を穢れと感じるのは日本人だけじゃないってことなのかな。それともたんなる「神秘」だったんだろうか?

見ていて思ったこと。孤独死予備軍の一人としては、ぜひ生前に納棺士さんに予約を入れておきたいな〜と。だって最後に自分に触れる人でしょう? 選んでおきたいよね〜。そりゃあ、モックンに納棺して頂けるんなら最高でしょうけど…(笑)女心ってヤツ? きっとそういうの増えると思うな〜。独身女性は皆思ったと思うぞ。う〜ん?でも現実には女性がいれば女性がいいかも…化粧とか…

戻って「差別と日本人」であるが、中で野中は、残された人生で戦後未処理問題の解決に取り組みたいと書いている。嬉しかったですね〜。私の祖父は戦前台湾にいて高砂族の住む奥地へ派遣されていた。武勇伝もいろいろあるが、第二次大戦時、彼らを連れて戦地へ赴き、一人も死なせずに連れ帰ってきたというのが自慢だった。かつての部下とはその後も手紙等の往来があったのを見ているので、後に日本人として従軍した台湾の人たちの戦後補償(と言っていいのかな?)に関しての訴訟が起きた時、「お願いだから早く問題解決して下の世代に重荷を押し付けないで!」と心中、祈ったよ。中国の毒ガス問題にしても、従軍慰安婦問題にしても、硫黄島やその他の島々に残る戦死者の遺骨の問題にしても、歴代政府が何故ほったらかしにしておくのか長年理解に苦しんできた。小泉が靖国参拝と言う度に、それより遺骨を拾ってこいよ、と思ったし、阿部が愛国と言う都度、私らに恥ずかしい思いをさせて自尊心を踏みにじってるのはそっちだろ、と思ったものだ。
問題解決に向けてNPOでも立ち上げると言うなら、小額ならお金だって出しても良いと思うくらいだ。なんとなれば、こんなことをK太の世代まで持ち込むなんて、あまりにも馬鹿げてると思うからだ。善かれあしかれ中国とは長い付き合いになるだろう。上の世代の無責任のツケを下に回したくはない。回すべきじゃない。この分野でも民主党にも期待したいものだ。好機なのだから。

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2009年9月22日 (火)

もう本は買わないぞ!

今日の誓い。もう本は出来るだけ買わない。図書館にある本は図書館で借りる。
この連休はずっと体調が悪くて、奥歯から上全部頭痛にまみれてるわ、筋肉痛だわ、油断すると股関節が痛むわ、微熱はあるわ、とさんざんなんだけど寝てるというほどでもないので、ちびちび本の整理をしている。しかし全然進まない。これ以上処分する本を探してると、いっそ全部処分したって同じだ!みたいな気がし始める。そういうわけで、とりあえずもう本なんか買うものか!ということで。

そういう私だが、そんなに本なんか読んでないのだ。純文学は言うに及ばず、小説なんかもぜ〜んぜん読んでないし。今、評判の村上春樹とかも小説は一冊も読んだことが無い。読もうと思って一冊買ったけど、20頁くらいで挫折してブックオフに売った。彼のエッセイは好きなんですけどねぇ…
全然読んでないのになんでこんなに本があるんだろう?…というのは、読んでた時に買う癖がついてしまったんですね。これがいけない。読んでない本が滞留してる。理由ははっきりしていて、重い本が滞留してるんである。重い、というのは比喩ではなく重量が重い、のである。片手で持てないほど重い本を電車内で読むのは辛い。読みたいけど読めない。「邪視」とか「毛皮と人間の歴史」なんかが代表格だな。「昭和天皇」上下巻とか「ジュネ伝」上下巻とかもいつ読めるか、想像が付かない(笑)全ての本は文庫判か新書判で出す、ということにしてくれないだろうか?
とはいえ、講談社の青い鳥文庫を見ると、一抹の…いや、たっぷり悲しくなるワタクシなのでありますが……矛盾してるよねぇ…

そうそう。「同棲時代」全三巻も早々に売ってしまう予定なので(なにしろでかいんです。可愛げが無いんです)、読んでみたい方は、言って下さいね。

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2009年9月19日 (土)

同棲時代…次郎と今日子は素晴らしくKYなんである

今日はなんだか疲れてて一日中パソコンの前。余計に疲れるっての。
それで「同棲時代」の中巻、下巻を読み終えましたよ。あ〜こういう話しだったですか…斎藤美奈子の「妊娠小説」に出てたっけ?っていう…「愛の暮らし」ねぇ…ようするに性欲だよねぇ…本人がどう言おうとさ〜だからこそ周囲の人間の二人を見る目が冷たい。本当に「恋」で「愛」なら、同棲という外見なんか関係なくもっと温かい目で見られるもんだよ。どこが違う?それは「未来」があるかどうか。そういうのってなんか匂うもんなんだよね。だから上巻の感想で大体あってたわけですね。二人ともお互いに性欲以上のものを持てなかった。ようするにそれだけのことなんだけど。そういうことを自覚したくないために精神まで病んでしまうのだ。人間、正直が1番ですな。
女が男を繋ぎ止めたいのは、近い将来生まれるであろうはずの子供と自分を養ってもらうためで、それはもう本能的なもの。男が女を諦め切れないのは、「繁殖可能性」を維持したいから。「愛」が「性欲」であればあるほど「生殖」に直結する。なのに、ヒトは「性欲」だけをむさぼっていたがる。「生殖」とその至るところである「子育て」は、男女ともに重荷でしかない。これは当たり前と言えば当たり前のことで、「重荷」だからこそ、番いになって二人でその重荷を背負おうという生命戦略になっているのだ。それを共通認識した上で対処すればどうということもないのだが、何故か、この時代の男女は、そういうことでないように振る舞うから話しがおかしくなる。美しいのは「愛」じゃなく、共に背負う、という行為なんだよ。(動物の生態観察ドキュメンタリーに感動するのが、その良い証拠。死とすれすれの子育てに真摯に向き合う姿に感動するんで、愛じゃないでしょ)それがわかってる周囲の大人たちの目線が、面白いよ。ある意味、次郎と今日子は素晴らしくKY(空気読めない←そのうち意味わからなくなりそうなんで書いとく)なんである。読んでて恥ずかしいほどに。
「結婚や子育てなんて重荷だけど、いつかは背負わなきゃならないのはわかってる。でも、その時、そのパートナーが貴方かどうかは、わからない。多分、違うと思うな。それでも一緒に暮らしたら、家賃も食費も光熱費も安く上がるから一緒に住まない?もちろん避妊はしっかりするから。飽きたらさっさと別れようね」と、今日子が言っても、次郎が言ってもよかったわけさ。そのほうがよっぽど「愛」だっての。昨今の中高生のほうが、その点は大人かも。
エイズが流行って、セーフティセックスが一般化して、日本的には良かったんじゃないでしょうかね。「愛」を「避妊」で試さなくてもいいわけだから。…いまだに試してる奴、たくさんいるんだろうけどね。

一応ネタバレですがあらすじを。言ってしまえば簡単な話しだけど、いろんなエピソードが挿入されてて、それはやっぱり上手いです。
21-22才で同棲した二人は、今日子の妊娠中絶からくる精神疾患をも乗り越えて「愛の暮らし」を続けるが、中絶の後遺症で今日子は不妊の体になる。二人の関係はまたしても崩れ、今日子は、実家に戻って次郎と別れるのであった。番外編として1年後の二人が示される。次郎は未練たらたらに今日子の故郷を訪れ、妻に先立たれ子供を育てる男と結婚するという今日子と会う…

まあ、はっきり言って、私は次郎も今日子も嫌いです。自己憐憫の甘さは、分かるだけに、sit!な気分。こんなの全然わかぁんなぁ〜い、という女性が増えることを望みます。男は、変わらないね。次郎は未来永劫、いると思うわ。今週のSPA!のタイトル(男をやり捨て女のあんまりな言い分)見て、頼もしいな〜と思う私です。

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«Macが壊れた…復元するか初期化するか。う〜ん。